角川俳句賞 俳句研究賞の授賞式。

1月20日に東京會舘で午後5時より角川賞の授賞式があった。
第51回角川俳句賞に原雅子さん、第20回俳句研究賞に対中いずみさんが受賞されたのであるが、原雅子さんは少し前にふらんす堂から『日夜』という第1句集を刊行されている。一方、対中いずみさんは田中裕明氏に師事されていた方で、「ふらんす堂句会」にも参加されていたというお二人ともご縁のある方である。
私はお二人にお祝いを申し上げたく思い、もちろん出席したのであるが、原雅子さんにはあまりにも沢山の人たちのなかですぐにお目にかかることができず、ウロウロしているうちに二次会へと行ってしまわれたらしい。
お祝いをきちんと申し上げられなかったことが残念。

対中さんには沢山お目にかかれ、しかも田中裕明夫人の森賀まりさんにお会いできたのは思いがけない喜びだった。もと「ゆう」の方々もいらしていて、昨年ふらんす堂から『雪月』という優れた句集を出された満田春日さん、昨年12月に『霜天』という充実した句集をおつくりさせていただいた加藤喜代子さん、そしてそのお孫さんの中村夕衣さんなどなどにお会いできたのは本当に嬉しいことだった。
対中いずみさんの受賞を天上の田中さんが何よりも喜んでおられると思う。
対中さんが新しく所属された俳誌「椋」の代表石田郷子さんも加わり楽しい受賞の会のひとときだった。(山岡喜美子)

「ふらんす堂通信107号」校了。

fragie2006-01-19


今日は朝からふらんす堂通信の校了に向けて、おおわらわ。
コンピュータが不機嫌で大変な思いをしながらも、どうにか校了となり、遅くまで残業することもなくて良かったと思う。
みな、帰宅の足取りはさぞ軽いことでしょう。

本当にご苦労さまでした。
何しろ寒さ厳しい今日この頃のこと。
夜はゆっくりとお風呂に入り、充分に疲れを癒して下さい。

また明日から頑張って仕事に励みませう。
ファイトッ!!

                          (山岡喜美子)

川島葵さん

fragie2006-01-13


2002年にふらんす堂のホームページで連載した石田郷子さんの「野をうたう」を今年は刊行すべく、スタッフの中井とともに編集作業を昨年からすすめている。
俳句に詠まれた野の草花を1日1句というかたちで紹介したものであり、ずいぶんと珍しい草花の俳句などもあり、連載当初から好評で、楽しい読み物であった。
すでに再校ゲラの段階となって石田郷子さんの手元にある。
365句に対応している草花すべての写真を揃えたいと思い、石田郷子さんの友人で、俳誌「椋」に所属している俳人の川島葵さんに写真をお願いした。川島葵さんはもう何年も、野山の写真を撮りつづけている方で、自然を守る会などのボランティア活動もしている。
今日はその川島さんに仙川まで出て来て貰って、一緒に食事をしながら打ちあわせをする。
365種類の草花の写真を揃えるのは、ちょっと難しいということになり、どうしても揃えられないものはブックデザイナーの君嶋真理子さんにカットをお願いすることにした。


この「野をうたう」は、オールカラーの本にしたいと思っている。
ふらんす堂としては、この試みは、清水の舞台どころか、東京タワーのてっぺんから飛び降りるような、無謀なこわいものしらずの試みなのである。でも、きっと内容の充実した美しい本になると思う。絶対にそうしたい。



今日からいよいよ「ふらんす堂通信」週間で、通信107号に向けて、皆テンションがあがっている様子。
とくに中井愛は、中心になって頑張っているのであるが、どうもコンピュータのマッキントッシュが上手く作動しないで、ときどきパソコンに向って呪いのことばを吐いている。他のスタッフの加藤や渡邊に慰められたり、励まされたりで、なんとか折合いをつけている。
そのかたわらで校正の得意な川口がひたすらゲラと向きあっている。

みんなご苦労さま。   (山岡喜美子)

古舘曹人氏にお目にかかる

fragie2006-01-11

 
今日は寒さが少しやわらいで、道行く人の顔にもどことなく優しさがただよっている。
去年の暮にお電話をいただき、約束をした俳人古舘曹人氏に会いに麹町の和菓子のお店「鶴屋八幡」まで出向く。
2時ちょっと前に着くと、すでに氏は来ていて、お目にかかるのは氏の句集『日本海歳時記』を刊行して以来ということになるので七年ぶりかもしれない。
「もう、僕は八六歳です」と言われたのには驚いてしまう。ご本人も言われるように、大変お元気そうである。
今日は、氏のエッセイ集のことでの打ちあわせなのであるが、その前に話題はやはり俳句のことになる。
氏は、俳句をつくることを止められてもう10年以上経っているが、やはり俳句の修練の方法についての話しとなる。多捨多作という俳句の修練の方法において氏がかつていかに厳しい方法をご自身に課しておられたか、ということは一部の人しか知らないかもしれない。

「季題を目の前にして、2時間で100句つくるのです」
「考えてはいけない、季語をいれること、五七五であること、この二つのことだけを心がけて、次から次へつくる。つくり書き留めたら、忘れること。そうして次をつくる」
「いわば、捨てるためにつくるのです」
「そうして100句もつくったらそれをもう一度見ていくと、10句くらい句が残るのです」

そういうふうにして、句を生みだして来た、というのである。更に驚いたのは、この方法で俳句をつくろうと思ったのは、七〇歳になった時であるということ、何十年と俳句をつくり続けて来て、七〇歳になって新しい課題を自身に課す、そのことに私は驚いてしまう。
氏が、七〇歳にして、その俳句のつくり方に如何にして目覚めたか、それは蕪村を研究した結果であるということ、蕪村がやはりそのようにして俳句を作った、それが本来の「写生」であると、氏は語るのである。


お目にかかって、あっという二時間という時間が経ってしまったのである。(山岡喜美子)

俳句日記のこと

fragie2006-01-06

 夕方、ホームページに今年度の「俳句日記」をお願いしている深見けん二氏より電話を貰う。
 氏はこの「俳句日記」について、力を入れて取り組んで下さっている。
 自らコンピューターを開き、日々、この「一日一句」を見て下さっているということも嬉しい。
 元旦に、「まずパソコンで俳句日記を見てから、お雑煮を食べました」とFAXをいただいた時はなんだかワクワクした気分になった。
 今日の電話は、前書きについて、どうしようか少し判断に迷っているとのこと、前書きをつけないでできるだけやっていきたいが、たとえば、15日に餅の句を出した場合、15日が小正月ということがわからないと今更餅の句?といった疑問が起こるのでは…、その辺のところをどうしようか迷われている、とのことだった。
 しばらく電話で話してから、「やはり前書きはつけないでいきましょう」ときっぱりおっしゃった。
 電話を切ったあと、なんといったら良いのか、この「俳句日記」への氏の取り組み方に感動してしまう。ひとつひとつのこと決してなおざりにしない。そうして俳句に対する態度は、とても厳しい。
 今回「俳句日記」をお願いしてみて、そのことをいっそう確信する。
 
 仕事の仕方というものを、もう一度考えさせられることしきり…。(山岡喜美子)

今日から仕事始め

fragie2006-01-05

 身も凍るような寒い朝、今日から仕事はじめ。自転車で出社。
 風を切つて自転車をとばしてゆくと、寒さもなんだか快適。
 仕事場に行くとスタッフはほぼ出社していて、ああ、これから新しい年の仕事がはじまるんだとちょっと緊張して机につくやいなや、鷹羽狩行氏から電話。今すすめている地名別句集のこと。氏はこの暮から新年にかけてこの句集にかかりっきりであったとのことで、いつもながらの歯切れの良い電話に、さらに身のひきしまる思い。
 午前中は、取引先の印刷会社光スタジオの山本三雄さんが新年のあいさつに見える。
 昼は恒例の新年会。スタッフの川口律子、中井愛、渡邊真紀、加藤泰子、昨年の11月から働いてもらっているアルバイトの松田聡子と私の6人で、あるいて二分ほどの「なみはな」で、麦酒で乾杯して食事。それぞれの冬休みの話しなどして盛り上がる。
 
 2006年の毎日更新のサイト、「俳句日記」「今日の一句」「今日の一首」もどうにか好調にスタートして、ほっとしている。レイアウトなどちょっと変えて見たのであるけれど、どうなのかしらん。反響を知りたいところ。
 
 スタッフの中井が教えてくれたのだが、詩人の清水哲男氏が、昨年の12月30日の「増殖する歳時記」で、昨年12月に刊行した加藤喜代子さんの句集『霜天』の一句をとりあげている。この日は田中裕明氏の忌日。「桜の木ひかりそめたり十二月」の作品を「記憶すべき一句」と絶賛するとともにその師であった田中裕明氏の夭折を「惜しまれてならない」と記している。(山岡喜美子)

中村文子句集『賀状』代送

今年最後の仕事は、中村文子さんの句集『賀状』代送分約150冊を郵便局に取りに来てもらうことである。三が日に皆さんの手元に届けたいという著者の意向によるもの。たったいま、それが完了。

さあ、あとはカレンダーを掛け替えて、今年の仕事は終わり。
いろいろとやり残したことはあったけれども、やり残したことを考えると、心がぐいぐいと地面のなかにめり込んでいくような重苦しい気持ちになってしまうので、そんな心を指でつまんで冬晴れの空に晒し、新しい気持ちで来年にのぞみたいと思う。(山岡喜美子)